よい治療は よい鍼で

はりのこと
伝統のはり医の使うはりやの話
鍼販売の変遷
放射線滅菌に
ついて
はり祭りのこと
鍼の形状
鍼の材質
地金の材質による違い
寸法のいろいろ
寒の鍼はよい鍼と昔から言い伝えられてきました
鍼の販売は地方で取り次いでくれている方々がありました 主に農閑期の農家の人たちが行商で商つていたのです 作る側も手作業ですから 冬は手に汗が出ません 昔は銀の鍼の全盛でしたから 酸化しにくいと言うことで そのように伝えられたものと思います はりや も近県に行商に出掛ていました 治療院に鍼を置いて 次回訪問のときにお代金頂き 次につないで行く 通販になってもかなりの期間この方法が続いていました

郵便が明治6年から料金が全国一律になり 鍼の通販が盛んになったと思われます お代金の回収も為替が明治8年に発足し 大いに利用され 振替口座が明治39年に使えるようになり ますます通販として便利になっていったと考えられます 
後払いの通販でお代金の回収率はよいです 人間に治療する方々を自慢できる業界です

昭和43年ごろから鍼灸の業界にも訪問販売の業者から参入を相談されて 便利になるので成功するよと話し それではと業者の参入があり 最初は二社でしたが あれよあれよと言う間に日本中に業者が増え便利になりました 当時は仕事を休んで鍼 医療用具を買いに行く そのようでしたから成功しました
その頃から鍼灸界も見直されて ダイナミックに動き出しました 
これら業者の出現も大いに鍼灸界に寄与されたと思います
 戦後の鍼と治療代
大正の終わり頃 鍼 単価 10銭
赤銅ヌメ 五分さし(銅と金が半々) 縄目 俵 宮本 などで 単価 5円
昭和17年頃 戦中 鍼治療 1円  あんま 70銭
昭和22年頃 鍼 単価2円 並み軸 (真鍮 或いは アルミ)
インフレがすごくなり24年〜25年頃
単価 15円〜20円

一年に二度くらい値上げがありましたその頃に お値段の相談にお客様に伺ったときに
患者が来なくて 治療院も苦しいのだから 値上げはわかるけれど われわれの事も考えてよ
お兄ちゃんと おなじみの先生の話は忘れません 昭和40年頃からお値段も現在まで同じ
お値段でお願いして来ました 平成にになって単価32円或いは25円と 不況の時に新製品で値下げが出来ました

あの戦時中 物価統制令がしかれ 鍼の地金の購入が困難になった事がありました
日本中の鍼やが困ったときに 全鍼連会長の小守良勝先生のご努力で贅沢品ではなく
必需品だと当時の厚生省に何度も掛け合って頂き地金が手に入ったのです

 

鍼の事ならやっぱり前田豊吉商店

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